Sunday, December 21, 2008
インド旅行雑記(1)
召使いという名の奴隷のいない、ショッピングモールでではない家族団欒なんて3ヶ月ぶりに見た。
アラビア語。一部分だけしか読めないけれど。なぜ歴史上、過去のアラブはかくも広大だったのに(略
ターバンが美しい。
江戸時代。たしかにテレビとかネットとか発達しているものも多々あるけれど、ある部分を選ばずに切り取っても、江戸時代とか明治とかと言うことは可能ではないかと。
ターバンが美しい。
江戸時代。たしかにテレビとかネットとか発達しているものも多々あるけれど、ある部分を選ばずに切り取っても、江戸時代とか明治とかと言うことは可能ではないかと。
Saturday, December 6, 2008
ギブ・ミー・ジョブ?
11月24日記。
分かっていない人というのはイタいもの。愚鈍であること自体は罪ではないが、それを認識していないか(認識できないから愚鈍なのであるが)、そうであるかも知れない可能性の保留さえもできなくなったら世も末である。ただ、愚鈍であることの事実は事実として動かしがたく、何の変更も加えられないので、このことにあまり煩わされず、自分の身分に応じて(=愚鈍なりに)己の生を楽しんで何とかやっていく権利(権利とか何とか言いたくないが、そんな感じの良い概念が言語化されていないと、この愚者は思うので)はあるのかなと思う。それでも、保留できるのは可能性だけなので、地球上すべてのひとに見透かされ、イタいなこの子、と思われていたときの、ごめんなさい感が意外と恐怖で、それがまた、お前アホとちゃうか、そういうのがイタいんや、という感じでもある。
社会的害悪として生きていかねばならないのはどうしようもないから、せめてその程度だけでも軽減できたら、人類の発展(?)に寄与できるというもので、「自分に何ができるのか」とか「自分に向いているのは」なんていうのは、私の最も嫌いなポジティヴという人たちだけが吐いていればいい台詞なので、なしとして。ちょっとずつ持参した和書(邦書)を(物理的にもまず)軽い輩から消化させていただいておる際に、ショウペンハウエル(『読書について 他二篇』がぐさぐさ刺さってきて、ドMな人にはたまらんでしょうな、という次第。
日本に帰って職に就かなければならんわけだけれども、アカデミズムの端にでもぶら下がっていたいな、というのぼせ上がりから、ジャーナリズム云々となると新聞とか出版とかそういう系しか見当たらないのだが、ドイツ語に訳すと彼らは「日雇い人夫」(今は放送禁止用語なのかな)ですからねぇ。まぁ、もう既にこんな感じだけれども。そりゃあ、何も所有してないし、無能だし、ゆえにこんなんなのですけど。この辛辣さが快楽になったら末期かな。結論から言うと、できるだけ他人に影響の少ないお仕事が、共通善みたいなのを考えると、いいのかなと思います。朝○新聞の説明会とかに来ちゃってる人とか、きっとどうにもならんだろうなぁ、と日々就活メールを削除しながらぶだぶだ言いつつ、誰か私にお仕事をくれるんだろうか、とたまにはこういうことも考えておこうと、ね。
分かっていない人というのはイタいもの。愚鈍であること自体は罪ではないが、それを認識していないか(認識できないから愚鈍なのであるが)、そうであるかも知れない可能性の保留さえもできなくなったら世も末である。ただ、愚鈍であることの事実は事実として動かしがたく、何の変更も加えられないので、このことにあまり煩わされず、自分の身分に応じて(=愚鈍なりに)己の生を楽しんで何とかやっていく権利(権利とか何とか言いたくないが、そんな感じの良い概念が言語化されていないと、この愚者は思うので)はあるのかなと思う。それでも、保留できるのは可能性だけなので、地球上すべてのひとに見透かされ、イタいなこの子、と思われていたときの、ごめんなさい感が意外と恐怖で、それがまた、お前アホとちゃうか、そういうのがイタいんや、という感じでもある。
社会的害悪として生きていかねばならないのはどうしようもないから、せめてその程度だけでも軽減できたら、人類の発展(?)に寄与できるというもので、「自分に何ができるのか」とか「自分に向いているのは」なんていうのは、私の最も嫌いなポジティヴという人たちだけが吐いていればいい台詞なので、なしとして。ちょっとずつ持参した和書(邦書)を(物理的にもまず)軽い輩から消化させていただいておる際に、ショウペンハウエル(『読書について 他二篇』がぐさぐさ刺さってきて、ドMな人にはたまらんでしょうな、という次第。
日本に帰って職に就かなければならんわけだけれども、アカデミズムの端にでもぶら下がっていたいな、というのぼせ上がりから、ジャーナリズム云々となると新聞とか出版とかそういう系しか見当たらないのだが、ドイツ語に訳すと彼らは「日雇い人夫」(今は放送禁止用語なのかな)ですからねぇ。まぁ、もう既にこんな感じだけれども。そりゃあ、何も所有してないし、無能だし、ゆえにこんなんなのですけど。この辛辣さが快楽になったら末期かな。結論から言うと、できるだけ他人に影響の少ないお仕事が、共通善みたいなのを考えると、いいのかなと思います。朝○新聞の説明会とかに来ちゃってる人とか、きっとどうにもならんだろうなぁ、と日々就活メールを削除しながらぶだぶだ言いつつ、誰か私にお仕事をくれるんだろうか、とたまにはこういうことも考えておこうと、ね。
私だけを愛して
ノリの悪い人間はどこにでもいるものだが、私の場合は病的ですらあると。深い会話なしのパーティーや「盛り上がり」の類ではいつだってアウトサイダーだし、他の人にとっても自分にとってもマイナスでしかない。私は彼らを頭の悪い人間だと軽蔑するわけではない。(欧米はじめ、ダンス文化のある国では、ノリノリに踊れるかどうかが賢さの必要条件だとも聞く。オックスブリッジの社交界ダンスではなく、プリンストンやらハーバードの新入生騒ぎetc、バカになれるかどうか、ということ。)イード休みの始まりパーティーで思ったこと。
I’m not interested in Arabic culture. Let’s say more, I’m not interested in other cultures. Let’s say more, I’m not interested even in Japanese culture. Let’s say more, I have never been interested in others. I am interested only in myself. So, why am I studying so many languages? It is not because I am interested in those cultures and even those languages, it is because I am interested in myself who develps itself (if I can say “develop”). 深刻ですよ、これは。
もしくはね、excitementとかレジャーとかレクリエーションとか享楽、娯楽の類が嫌いなのね。全部「勉強」に換算する。「感情も論理も含めてどれだけ頭を働かせることができたか」や「どれだけ知識を仕入れることができたか」が常にその有益度の基準であって、「楽しかった」は絶対に私を満足させない。
世間で言う「楽しみ方」を知らないから、いつも盛り上がりの蚊帳の外にいる。全神経を集中させないと会話に乗り遅れる。もっと言えるかもしれない。人間が好きだ、人間を愛している・・・とは散々言ったものだけれど、「人」は嫌いなのである。「人と話すのが好き」なんて、可愛い女の子が言いそうな台詞を、バカの一つ覚えのように言ってみたこともあったが、類としての人間は抽象的に愛することができるけれども、具体的な人は結局愛せないのだと思う。
ホームシックだなんだと騒いでいる、儚げでか弱く可愛げな女の子たちがいる。(いや、物理的には儚げでは決してないのだけれど、雰囲気が、ね。)インドネシア人の29歳の学生も言っている。(29にもなって・・・とか言わない。)最初は、家族の絆云々の問題かと思った。悪かったですよ、家族親族関係が希薄な堕落国家日本に生まれ育って。ところが、問題はそんなことじゃないのだと。たしかに、彼女たちは「家族を大切にする」という、胡散臭い宗教的文化的イデオロギーに従順なだけなのかも知れない。(社会学的に「家族なんて実は・・・」みたいなのが一時期流行ったのは日本だけじゃなかろうに。)だけど、彼女らがプリミティヴだと言う気は毛頭ない。自分がインディペンデントだとも言う気もない。そうじゃない。私はシックになるほど、自分以外の何かを愛することができないのだ。一生クウェートにいるのは御免だが、かと言ってすぐに日本に帰りたいかと言えばそうではない。家族は大切だし、感謝もしているが、涙が出るほど会いたいとは、この状況下では思えない。(テロ組織に人質に取られて1年とか、そういう過酷の状況下でだったら話は別。)人は私を、偽悪者と称した偽善者と呼ぶかもしれない。これでもまだ嘘を付いていると言うかも知れない。でも、私には、それを全力で否定する元気さえもない。結局は、何かにムキになるほど熱中もできないし、愛せもしない。勉強を続けたいな、なんて気色悪い台詞も口にしたけど、結局はすべてのことがどうでもよくて。ここがポイントなのだと思う。
まあいいや、言いたいことを序に吐いてしまえ。なんでも東大と比べてしまうのが間違いなのはよく分かっている。何せこの国に人口は300万しかおらず、半分が移民労働者だ。それにしても、学生が子供っぽい、成熟していない(何をもって「成熟」とするかはさておき)のだ。図書館では誰も勉強していないくせに、自習室の机は落書きだらけ。ちょっとやそっとの落書きではなくて、そこに自分のノートを広げるのを躊躇してしまうほどの、全面に展開された落書きである。ノートや(レベルの「高くない」=私たちの公立中3くらい=例:enjoy~ingの文法、化学の周期表を覚え始める・・・とか驚愕のレベル。これで中東で五本の指に入るとか豪語しているので、ますます中東orアラブ圏の未来が心配になってしまう)教科書には時たま絵を描き(小学校高学年くらいの女の子がよく描きそうなマンガの類)、ホラー映画を見て怖いからと皆で集まって寝たり、クイズにはムキになって全力で騒ぐ・・・さながら地区の子ども会の行事のよう。ここの大学の講義は殆ど50分授業である。東大法学部は100分である。しかも定刻主義である。私の高校でさえ、90分と60分授業の組み合わせだった。それでおそらく内容はクウェート大学の、それと比較しうる科目では、上を行っていると、どんなに自制しても“客観的に”思う。
なぜ、イスラムが、中東が、アラブが、その過去の歴史の輝かしい業績に比べ、こうまでも没落したのかーーーー。多くの研究者が取り組んでいるテーマのひとつでもある。個人的にも知りたいと思う。だけど、だけど、だけど・・・何を言っても、何も言えない(許されない)のだ。何も言えない、ということ自体が没落の原因でもあるのだろう、と言ったらどれだけの人が憤慨するだろうか。・・・私の視点、そんなに間違ってますか。
こういうことを書くと、彼らを見下しているとか、「批判」しているとか、お前は本当の○○(ここには「中東」でも「イスラム」でも何でもいい)を知らないとか、的外れな更なる「批判」を加えたがる人もいるかも知れないけれど、本当に見下していたらこんな何のためにもならないような文章をおこすことで自分のちっぽけな頭を整理、耕作しようなんて思わないし、本当の○○というものがもし存在するのであれば、そこに到達する(ということがありえるとして)までのちんけな自問自答だと思っていただければ。
さて今日12月6日の夜からインドに行ってきます。予定は10日間で、ムンバイ、バラナシ、アグラ、デリー、ムンバイという順。(ただ単純にムンバイ行きのチケットの方が安いから)こういう面倒な日程にしてみた。ムンバイーバラナシ、デリー間は30時間くらいは列車でかかるそう。
1月中旬から2月いっぱいの冬休みの計画は、最初に1週間オマーン。一度クウェートに帰ってきて、次に1週間イラン(国内線がテヘランから各観光地まで3000円程度で激安らしいので、7日間ビザで回れる。女性一人には空港でビザが発効されにくい(全然問題ないという話も)という噂もあるけれど、また泣いて騒げば大丈夫かと(笑))また一度帰ってきて、ヨルダン、アンマンからイスラエル、またアンマンに戻って文通相手に会いに2度目のシリア、そしてレバノンはベイルートからクウェートへ。イスラエルの入国スタンプをパスポートに押されてしまったら、クウェートに帰って来られないので、リスキーはリスキーだけれど、最近はちゃんと要求すれば失敗も少ないと聞くので大丈夫でしょう。2週間の春休み(6月)はエジプトに行って、あとは8月の下旬に帰国するだけ。意外と期待していたより休みが少なくて、そして行こうと思っていたモロッコへの航空券が高くて(私はクウェートから往復3万円以内のところしか行かないと決めたので。さもないと4万台のヨーロッパとかに行きたくなってしまう)、日本から10万程度でヨーロッパを経由していったほうがお得感があるな、と。したがってチュニジアとかモロッコとかというのは、イタリアやスペインとセットにして回るべきの「ヨーロッパ」なのかも知れない、と思った次第。
ではでは、インド旅行記をお楽しみに。6時間後に出発だけれど何の準備もしていない、というか、もはや持っていくものがない。気分的にはぷらっと日光鬼怒川温泉的な。今回は1人旅ではなく、相方がいるので、気も楽ですな。いい人々に巡りあえますように。旅は、人生。旅は出会いです。
I’m not interested in Arabic culture. Let’s say more, I’m not interested in other cultures. Let’s say more, I’m not interested even in Japanese culture. Let’s say more, I have never been interested in others. I am interested only in myself. So, why am I studying so many languages? It is not because I am interested in those cultures and even those languages, it is because I am interested in myself who develps itself (if I can say “develop”). 深刻ですよ、これは。
もしくはね、excitementとかレジャーとかレクリエーションとか享楽、娯楽の類が嫌いなのね。全部「勉強」に換算する。「感情も論理も含めてどれだけ頭を働かせることができたか」や「どれだけ知識を仕入れることができたか」が常にその有益度の基準であって、「楽しかった」は絶対に私を満足させない。
世間で言う「楽しみ方」を知らないから、いつも盛り上がりの蚊帳の外にいる。全神経を集中させないと会話に乗り遅れる。もっと言えるかもしれない。人間が好きだ、人間を愛している・・・とは散々言ったものだけれど、「人」は嫌いなのである。「人と話すのが好き」なんて、可愛い女の子が言いそうな台詞を、バカの一つ覚えのように言ってみたこともあったが、類としての人間は抽象的に愛することができるけれども、具体的な人は結局愛せないのだと思う。
ホームシックだなんだと騒いでいる、儚げでか弱く可愛げな女の子たちがいる。(いや、物理的には儚げでは決してないのだけれど、雰囲気が、ね。)インドネシア人の29歳の学生も言っている。(29にもなって・・・とか言わない。)最初は、家族の絆云々の問題かと思った。悪かったですよ、家族親族関係が希薄な堕落国家日本に生まれ育って。ところが、問題はそんなことじゃないのだと。たしかに、彼女たちは「家族を大切にする」という、胡散臭い宗教的文化的イデオロギーに従順なだけなのかも知れない。(社会学的に「家族なんて実は・・・」みたいなのが一時期流行ったのは日本だけじゃなかろうに。)だけど、彼女らがプリミティヴだと言う気は毛頭ない。自分がインディペンデントだとも言う気もない。そうじゃない。私はシックになるほど、自分以外の何かを愛することができないのだ。一生クウェートにいるのは御免だが、かと言ってすぐに日本に帰りたいかと言えばそうではない。家族は大切だし、感謝もしているが、涙が出るほど会いたいとは、この状況下では思えない。(テロ組織に人質に取られて1年とか、そういう過酷の状況下でだったら話は別。)人は私を、偽悪者と称した偽善者と呼ぶかもしれない。これでもまだ嘘を付いていると言うかも知れない。でも、私には、それを全力で否定する元気さえもない。結局は、何かにムキになるほど熱中もできないし、愛せもしない。勉強を続けたいな、なんて気色悪い台詞も口にしたけど、結局はすべてのことがどうでもよくて。ここがポイントなのだと思う。
まあいいや、言いたいことを序に吐いてしまえ。なんでも東大と比べてしまうのが間違いなのはよく分かっている。何せこの国に人口は300万しかおらず、半分が移民労働者だ。それにしても、学生が子供っぽい、成熟していない(何をもって「成熟」とするかはさておき)のだ。図書館では誰も勉強していないくせに、自習室の机は落書きだらけ。ちょっとやそっとの落書きではなくて、そこに自分のノートを広げるのを躊躇してしまうほどの、全面に展開された落書きである。ノートや(レベルの「高くない」=私たちの公立中3くらい=例:enjoy~ingの文法、化学の周期表を覚え始める・・・とか驚愕のレベル。これで中東で五本の指に入るとか豪語しているので、ますます中東orアラブ圏の未来が心配になってしまう)教科書には時たま絵を描き(小学校高学年くらいの女の子がよく描きそうなマンガの類)、ホラー映画を見て怖いからと皆で集まって寝たり、クイズにはムキになって全力で騒ぐ・・・さながら地区の子ども会の行事のよう。ここの大学の講義は殆ど50分授業である。東大法学部は100分である。しかも定刻主義である。私の高校でさえ、90分と60分授業の組み合わせだった。それでおそらく内容はクウェート大学の、それと比較しうる科目では、上を行っていると、どんなに自制しても“客観的に”思う。
なぜ、イスラムが、中東が、アラブが、その過去の歴史の輝かしい業績に比べ、こうまでも没落したのかーーーー。多くの研究者が取り組んでいるテーマのひとつでもある。個人的にも知りたいと思う。だけど、だけど、だけど・・・何を言っても、何も言えない(許されない)のだ。何も言えない、ということ自体が没落の原因でもあるのだろう、と言ったらどれだけの人が憤慨するだろうか。・・・私の視点、そんなに間違ってますか。
こういうことを書くと、彼らを見下しているとか、「批判」しているとか、お前は本当の○○(ここには「中東」でも「イスラム」でも何でもいい)を知らないとか、的外れな更なる「批判」を加えたがる人もいるかも知れないけれど、本当に見下していたらこんな何のためにもならないような文章をおこすことで自分のちっぽけな頭を整理、耕作しようなんて思わないし、本当の○○というものがもし存在するのであれば、そこに到達する(ということがありえるとして)までのちんけな自問自答だと思っていただければ。
さて今日12月6日の夜からインドに行ってきます。予定は10日間で、ムンバイ、バラナシ、アグラ、デリー、ムンバイという順。(ただ単純にムンバイ行きのチケットの方が安いから)こういう面倒な日程にしてみた。ムンバイーバラナシ、デリー間は30時間くらいは列車でかかるそう。
1月中旬から2月いっぱいの冬休みの計画は、最初に1週間オマーン。一度クウェートに帰ってきて、次に1週間イラン(国内線がテヘランから各観光地まで3000円程度で激安らしいので、7日間ビザで回れる。女性一人には空港でビザが発効されにくい(全然問題ないという話も)という噂もあるけれど、また泣いて騒げば大丈夫かと(笑))また一度帰ってきて、ヨルダン、アンマンからイスラエル、またアンマンに戻って文通相手に会いに2度目のシリア、そしてレバノンはベイルートからクウェートへ。イスラエルの入国スタンプをパスポートに押されてしまったら、クウェートに帰って来られないので、リスキーはリスキーだけれど、最近はちゃんと要求すれば失敗も少ないと聞くので大丈夫でしょう。2週間の春休み(6月)はエジプトに行って、あとは8月の下旬に帰国するだけ。意外と期待していたより休みが少なくて、そして行こうと思っていたモロッコへの航空券が高くて(私はクウェートから往復3万円以内のところしか行かないと決めたので。さもないと4万台のヨーロッパとかに行きたくなってしまう)、日本から10万程度でヨーロッパを経由していったほうがお得感があるな、と。したがってチュニジアとかモロッコとかというのは、イタリアやスペインとセットにして回るべきの「ヨーロッパ」なのかも知れない、と思った次第。
ではでは、インド旅行記をお楽しみに。6時間後に出発だけれど何の準備もしていない、というか、もはや持っていくものがない。気分的にはぷらっと日光鬼怒川温泉的な。今回は1人旅ではなく、相方がいるので、気も楽ですな。いい人々に巡りあえますように。旅は、人生。旅は出会いです。
不条理よ、不条理よ。
ご無沙汰であります。いつも見てくださっている少数精鋭(?)の読者諸氏には平身低頭でございます。今日12月6日からイード休みを利用してインド旅行と称したアラブからの逃避に身を投じるゆえに、現況をば。アラビア語の勉強に関しては可もなく不可もなく丁度良いレベルと速さで進んでおり、昨日行われた中間テストでも問題なく、むしろ2ヶ月で、別に蛍雪の功ほど勉強しなくても、こういう環境でそこそこやれば、自分を訪ねてくる友人への手紙をその場である程度書けるようになるとは。アラビア語というのは、実に難解な、自分には到底どうにもならないというコンプレックスめいたものがあったものですから、これはこれは小さな感動なのです。ただ、再三愚痴を述べておりますように、言語は所詮言語のなにものでもなく、要はそのもとの頭でありますから、カラカラと音の鳴る頭で何ヶ国語を片言で言おうと、そこからは何も生まれやしないわけで、しかしながら、そうは言ってももう固定されてしまったこの脳みそで生きていかねばならんわけですから、それなりに頑張ればよいわけです。時間のバランス配分が肝要ですが、なかなか難しく、仏独語のネイティブが隣にいるというのにそのソースを十二分に生かせきれていない、と。あちらを立てればこちらが立たず。バランスというのは何を持っても難しいものです。
さて、報告する気も失せるほどの不条理に、どれだけ寛容な心で挑もうとも、ただそこに残るのはやはり疲労と空虚さだけで。要は行政手続の問題や、いい加減なインシャアッラーが引き起こす多大なコストのこと。留学生と親しい(=“オープン”な)アラブ人学生だって、その辺のことに関しては愚痴を連ねているわけだから、これはもう当然言語の問題ではない、と。今までも、私なりに歩み寄って、しかし冷静に、同時に客観的に、考察を加えようとしたわけだけれど、もはや匙を投げようかという次第。反中東(「アラブ」と置き換え可)でも、親中東でもなく、“知”中東になりたまえ、というリフレインがひたすら脳裏に。「反」でもなく「親」でもなく、ただそこに「知」が・・・というのは、難しいようで、実は一番ラクな、ある意味ズルいのかもと思ってみたりみなかったり。
いくつか読んだ本で、ここでの生活にリンクするものをば。ウェーバー『社会主義』(濱島朗・訳、講談社学術文庫)。ウェーバーの社会主義への態度というのは実に面白い部分だが、それは私めが言うべきものでもないので。結局、官僚制との絡みが貫いているわけだが、はて、この地に官僚独裁なるものは理論的にも実践的にも存在しうるか。官僚制の弊害というのは色々あるけれども、それは第一にとりあえずの(とりあえず、で良いのです)「自分の仕事をやる意欲」と少なくとも9時5時で働く「最低限の」勤勉さがなければ、そもそも官僚制など存在しえないわけで、例えばセクショナリズムと言ったって、各々のセクターがある程度の「責任」めいたものを、線を引いて保持していなければどうにもならず、したがって、“我々”が考えるような「官僚制」というのはかなり違った形で、ここでは考えられなければならないのではないか、と。
もうひとつ。バーナード・ルイス『聖戦と聖ならざるテロリズム』(中山元・訳、紀伊國屋書店、2004)Bernard Lewis, The Crisis of Islam, Holy War and Unholy Terror,2003。訳がうまいのはさすが。実際にアラビア語をやっていて発見する喜びというのは、今までカタカナという音でしか認識不能だった諸概念が、その語根とともに世界を広げて、私もそこに少しだけ垣間見ることが許される瞬間でしょう。ジハードがجهد「努力」から来ているというのは、よく知られたことかも知れないけれど、実際文の中で出てくると感動するわな。あとは「殉教する」という動詞はاستشهدといって、شهدという「見る、目撃する、出席する、経験する」という”普通の”単語が語根である、と。شهيدとなれば目撃者、殉教者で、英語ではmartyrだが、それもギリシア語の「マルチコス」から来ている。証書はشهادة、場所を表すمが付いてمشهد集会・会議の場所・殉教者が死んだところ・宗教的に祀られたところという意味になるわけ。おそらく、殉教というのは聖戦でのみ、目撃されていなければならない、と。極めて多くの、極めて日常的な単語から、極めて宗教的な意味が常に潜んでいるという、このどうにもならない抗いがたさを如何せん。もちろん、そもそも、目だけ、もしくは目さえも黒い布に覆われてこの世を見て、その他多くの「私たちの」canが彼ら/彼女らにはcan’tもしくはdon’tであることを思えば、今更何を思うべきでもないのかも知れない。
教科書のテキストもアラブ的な感性で(=近代的、とか民主的、とかという“我々”の感覚からはおよそ離れた=ズレている)あって、新聞も英字であっても、非常にアラビア語的な思考で書かれているのがよく分かる。(もちろん、ジャパンタイムズなんかも日本的思考方式だと言えばそれまでなんだけれど、それを行間で読み取る努力をしなくても、ギラに出してくるあたりのことを言っている)これに慣れたらお終いだな、という意識を大切にしていかなくては、と思う。
さて、この本自体はよくできた入門書だと思う。中山氏が言うように、もちろん、「ちくしょう、また西洋中心主義かよ」的突っ込みはいくらだってできるけれど、それを言い始めるとどうにもならないので。へぇと思ったのは・・・イスラム最初の金貨はディナール(クウェートは今でもディナール)。これはローマのディナリウスから借りた言葉。金貨の鋳造自体がローマ帝国の特権に対する、またキリスト教世界への挑戦の強調だったそうで。もうそういうレベルまで考えると、この世界のすべてがそういった歴史とか憎悪とかという感情にまみれて、埋もれて、塗りたくられていて、もちろん日本でも世界のどこでもそうだろうけれど、ここでのリアリティーは凄まじいものがあると、今更にして思ったのでした。
さて、報告する気も失せるほどの不条理に、どれだけ寛容な心で挑もうとも、ただそこに残るのはやはり疲労と空虚さだけで。要は行政手続の問題や、いい加減なインシャアッラーが引き起こす多大なコストのこと。留学生と親しい(=“オープン”な)アラブ人学生だって、その辺のことに関しては愚痴を連ねているわけだから、これはもう当然言語の問題ではない、と。今までも、私なりに歩み寄って、しかし冷静に、同時に客観的に、考察を加えようとしたわけだけれど、もはや匙を投げようかという次第。反中東(「アラブ」と置き換え可)でも、親中東でもなく、“知”中東になりたまえ、というリフレインがひたすら脳裏に。「反」でもなく「親」でもなく、ただそこに「知」が・・・というのは、難しいようで、実は一番ラクな、ある意味ズルいのかもと思ってみたりみなかったり。
いくつか読んだ本で、ここでの生活にリンクするものをば。ウェーバー『社会主義』(濱島朗・訳、講談社学術文庫)。ウェーバーの社会主義への態度というのは実に面白い部分だが、それは私めが言うべきものでもないので。結局、官僚制との絡みが貫いているわけだが、はて、この地に官僚独裁なるものは理論的にも実践的にも存在しうるか。官僚制の弊害というのは色々あるけれども、それは第一にとりあえずの(とりあえず、で良いのです)「自分の仕事をやる意欲」と少なくとも9時5時で働く「最低限の」勤勉さがなければ、そもそも官僚制など存在しえないわけで、例えばセクショナリズムと言ったって、各々のセクターがある程度の「責任」めいたものを、線を引いて保持していなければどうにもならず、したがって、“我々”が考えるような「官僚制」というのはかなり違った形で、ここでは考えられなければならないのではないか、と。
もうひとつ。バーナード・ルイス『聖戦と聖ならざるテロリズム』(中山元・訳、紀伊國屋書店、2004)Bernard Lewis, The Crisis of Islam, Holy War and Unholy Terror,2003。訳がうまいのはさすが。実際にアラビア語をやっていて発見する喜びというのは、今までカタカナという音でしか認識不能だった諸概念が、その語根とともに世界を広げて、私もそこに少しだけ垣間見ることが許される瞬間でしょう。ジハードがجهد「努力」から来ているというのは、よく知られたことかも知れないけれど、実際文の中で出てくると感動するわな。あとは「殉教する」という動詞はاستشهدといって、شهدという「見る、目撃する、出席する、経験する」という”普通の”単語が語根である、と。شهيدとなれば目撃者、殉教者で、英語ではmartyrだが、それもギリシア語の「マルチコス」から来ている。証書はشهادة、場所を表すمが付いてمشهد集会・会議の場所・殉教者が死んだところ・宗教的に祀られたところという意味になるわけ。おそらく、殉教というのは聖戦でのみ、目撃されていなければならない、と。極めて多くの、極めて日常的な単語から、極めて宗教的な意味が常に潜んでいるという、このどうにもならない抗いがたさを如何せん。もちろん、そもそも、目だけ、もしくは目さえも黒い布に覆われてこの世を見て、その他多くの「私たちの」canが彼ら/彼女らにはcan’tもしくはdon’tであることを思えば、今更何を思うべきでもないのかも知れない。
教科書のテキストもアラブ的な感性で(=近代的、とか民主的、とかという“我々”の感覚からはおよそ離れた=ズレている)あって、新聞も英字であっても、非常にアラビア語的な思考で書かれているのがよく分かる。(もちろん、ジャパンタイムズなんかも日本的思考方式だと言えばそれまでなんだけれど、それを行間で読み取る努力をしなくても、ギラに出してくるあたりのことを言っている)これに慣れたらお終いだな、という意識を大切にしていかなくては、と思う。
さて、この本自体はよくできた入門書だと思う。中山氏が言うように、もちろん、「ちくしょう、また西洋中心主義かよ」的突っ込みはいくらだってできるけれど、それを言い始めるとどうにもならないので。へぇと思ったのは・・・イスラム最初の金貨はディナール(クウェートは今でもディナール)。これはローマのディナリウスから借りた言葉。金貨の鋳造自体がローマ帝国の特権に対する、またキリスト教世界への挑戦の強調だったそうで。もうそういうレベルまで考えると、この世界のすべてがそういった歴史とか憎悪とかという感情にまみれて、埋もれて、塗りたくられていて、もちろん日本でも世界のどこでもそうだろうけれど、ここでのリアリティーは凄まじいものがあると、今更にして思ったのでした。
追悼
筑紫哲也に続いて、加藤周一までもがこの年に去った、と。2年前に生加藤を駒場で見たときに既にアブない感じだったから納得ではあるけれど。この2人については、色々言う人もいるだろうし、別に自分もファンでもなんでもないけれど、戦争を全身で知っている世代としては、ああなるより他ないだろう的見方もできる。戦後巨大知識人。自分の人生にある大きなことをしっかり受け止めて、全神経をフル回転させて、ずっと貫く。この2人に限らないけれど、巨人がこの世を去っていくというのは、もうどうしようもなく人類の損失というか、ぽっかり虚無感。
Subscribe to:
Posts (Atom)