Saturday, April 14, 2012

抗えないけど

抗わずに生きてみよう。いっぱいいっぱいだけど、幸せ。目の前の人を怒らせずに悲しませずに幸せに生きていくので私の人生は満杯。

Tuesday, October 4, 2011

色々見失っているのに

歳ばかりを食っていく。というか、歳ばかりを食っていっているのに、色々見失っていく。歳ばかりを食っているから、色々見失っているのかも知れないけれど。

あのとき、そのときの感情を堪えていたら、遂に何も思い出せなくなってしまった。そうして結局なかったことにされた出来事や自分や他者の感情はどこへ行ったろう。自分の感情はどこにも記録されていなくて、憶えていてあげられるのは本人だけだというのに。

色々消えてなくなっている。代わりにやってきたものは浅く、安く、そして薄い。

Tuesday, September 6, 2011

全部なかったことに

・・・なんてならないだろうに、中途半端になりかけているものたちへ。

Monday, July 4, 2011

嘲、嗤、笑

理解ってのは、ほんとにしたいという希望がないとなかなか辿り着けない。要は、視野の狭い決め付け野郎は醜いねってだけのハナシ。我が振り、我ガフリ。

世間の基準で考えてる限り、面白い人間になんかなれっこない。腹の立つポイントの俗っぽさを笑え、嗤うのだ。

Sunday, June 5, 2011

lots of déjàvues

何を思うべきか、どういう心持ちであるべきか、ある程度選べるからこそ、こうして選んでしまっている。

我ながらいい加減だ。こうして繰り返していくんだろうけど、それを神と既成事実が許さないっていう流れで落ち着きたい。

「諸行無常感+アンニュイさ+寛大過ぎる心+情熱+貪欲さ+誠実さ+思いやり」セットみたいな無理が欲しいな。自分の人生にも関心が持てないなら、なるべくより少ない人を不幸にするに留めたほうがいい。

何もかもがつまらなく、どうでもよくなったのは、留学後くらいからだな。何で生きているんだか。

Thursday, May 26, 2011

まじうざい

何に価値を置くかは個人の自由であって侵害されるべきではない。採用の主導権を握っていたのは会社であって、働き方やパフォーマンスの在り方を事前に指定されたわけでは全くない。むしろ、被雇用者の何らかの性質を評価してのことであるなら尚更、成文化されていないような規範を押し付けるのは自らのかつての、ないし現在の採用計画への裏切りでさえある。

皆自分が正しく偉いと程度の差こそあれ思っていないとこの世に生存し続けられないが、その信念を絶対的に振りかざした瞬間、途端に安っぽくなる。


仕舞って大事にしていた襞に、感謝すべきか謝るべきか分からないのはもはや末期。

Wednesday, May 4, 2011

ああ

時が、蝕む。

胸が、騒ぐ。

腹を、括る。

何か、失い、

何か、見える。

Friday, April 29, 2011

やってられん

自分が他人に馬鹿認定されるよりも、様々な留保を経て、かつ時間をある程度かけてそれでも他人を馬鹿認定せざるを得ないことのほうが余程辛いことに、身をもって体験したのは久しぶりか初めてに近いかもしれない。

腐ったくだらない中身のない女は、同様の男よりもときに痛ましい。

Friday, April 22, 2011

花形激務部署

に配属されるらし。課は未発表だけど、その中もmostエグいのに回されるという噂。期待されてる故にだそうですが、体力もなく、知力もハッタリの私どうすれば(´Д` )客観的にも主観的にもbest choiceではあるわけだけど…人事ってまじ神だわ。

英語ディベート総合優勝。周りの力+棚ぼたではあるけれど、自信はついた。いいこと、ということにしよう。

土日でアラビア語とフランス語の雰囲気を浚わなくては。配属先の期待MAXってまじ無理ゲーやもん。あとExcel、その前に目薬、勉強できてないフラストレーションMAX超え。

腹は弛む。老ける。寝る。生命維持に努める。昨秋のdéjà-vu. 学生より楽なのによ。

ヘルペスも治らない、ものもらいがアイメイクしてないのにできる。どんだけ免疫落ちてるんだ、このロースペック鉄人志望者め。

人生はトレードオフ。全ては手に入らない。何を価値として生きていくか。未だに惑わされるのは。

中一から私を運び続けてきてくれた自転車。文字通り、風の日も、雨の日も。世田谷区は自転車撤去先進区域で、即時撤去もよくあると。放置してごめん。ベルも取れて壊れ、ライトも点かず、左ブレーキも交換しか手立てはないくらい劣化してたから、直しながら乗るにももう限界ではあって。残酷に言えば3000円の撤去料を払うには値しないと。お別れには行こうと思うけど、一目見て帰れるほど非人でもなさそうで。

人を知るということ、自分が知られるということほど、残酷なことも、美しいこともないんだろうけど、たまに耐えられなくなるのは、どうしたことだろう。逃げたいわー隠れたいわー。

Saturday, April 16, 2011

壊した

壊れるんじゃなくて、壊すんだってことにさえ気づかないほど、既に壊しかけてたなんて、ばかだ。

Friday, April 15, 2011

足が着かない

嫌な予感がする。自分が壊れるか、世界が壊れるか、どっちか。

Wednesday, March 16, 2011

神様、お願い

今死んでも何も惜しくない。
ただ、愛する人と死にたいのです。

漸くI am what I amの本当の意味が分かったのです。
私が私として生まれ、私としてあることに
初めてこれほど深い悦びを、感謝の念を抱いた、
その元々11日までの期限付きの幸せが
あまりにも罪深かったとしたら、
なるほどこれは神のなせる業なのか。

母よ、父よ、母や父に連なる何百何千もの祖先よ、
私はそのひとに出逢うために私として産み落とされたとしても
そうでなかったとしても
これ以上の幸せはありません。
感謝しています。

يا رب العالمين احفظ اليابان وشعبها الطيب و...كل شخص عزيز على قلبي
(おお世界の創造主たる神よ、お守りください。
日本を、その良き民を、私の心にあるすべての愛すべき人を)
- Oh, the God, the owner of all of us in the world,
please protect Japan, good people of the country and every single my dearest person.

―引越し前夜、静岡震源の余震に覚悟して記す

Monday, March 7, 2011

la mémoire

J'ai rarement vu des films au cinéma, mais de toute façon je veux récemment. Voici la liste des films nouveaux au Japon maintenant pour voir;

- Des hommes et des Dieux  (神々と男たち)
- Na putu (On the path, サラエボ、希望の街角)


Bah, cela signifie simplement que je suis le choix des films selon le thème, ah, mais "Copie Conforme" (トスカーナの贋作) m'interesse aussi...alors, en tout cas, c'est très rare pour moi de m'intéresser aux films. Ce qui s'est passé?

朝まで待ってみて

よく分からないときは出直す。区切り付けよう、総括しようと(どこのいつの左翼だ)、今日を逃したらだめだと踏ん張りつつも、ふらふらして頭が回らない。ふらふらの原因は色々。何なんだろ、この嘘っぽさは。真実はその確からしさを増すと嘘らしく見えるのか、それとも見る者が自己防御(保険)のために嘲笑的に「嘘っぽい」と嘯いてみせているだけか、そういう思考回路が誰を幸せにするのか、多少不幸せを気取れる程度でないとむしろ救われない、偽善的衒い剥き出しの偽善者というかもはや偽悪者にとって、手に、身に余るほどの幸福は、本当に今もこれからも凶器になりえないで済むのだろうか。要は、どうしたらいいか分からないのだ。今私が対峙している、よく分かるような分からないような歴史の1ページが纏った幸福の顔が完璧すぎて。騙されているほうがむしろ小気味いい。

Wednesday, March 2, 2011

結論:素晴らしき修正理論

"男女の友情は深化するほど特定条件下のみでしか成立しない。"

Sunday, February 27, 2011

なんて弱い

2晩連続で自発的に3時間で目が覚めるってのは良くない兆候。でもブログ書いてるうちは全然大丈夫とも。

Saturday, February 26, 2011

with whom

-Mental and physical health comes before everything else, which always comes up with me when I feel weak all day long like these days. No progress I can find in myself.

-What to do does not matter in the end, but indeed how to do, which often depends on with whom to do, really does matter.

-I have never had a look at Tokyo graffiti before, but now I feel like giving a big applause to it. It reminds us that every single person, each of hundreds of thousands of complete strangers in the street, has something and the fact itself is just amazing. The magazine is just worth browsing.

なんなのだ

不毛に色々去来するけどどうしようもなく朝が来るときの虚しさ。

例えばすごく瑣末なこと。4月から1年実家暮らしに戻ると食生活乱れるだろうな(普通逆か)とか、日々怯えてるアトピー再発の恐れ急上昇だなとか、でもそれこそ環境が変わるべきときに変わらずに、家賃負担かけながらone more yearっていうのは。家族と長期に生活するのが留学以来で色々忘れてる気がする。

11月とか12月から授業にも出てそこそこ勉強していたとして、あの民三・ヨロ政で、手ごたえのある答案が書けたかというとちょっと言い切れないけど、やり尽くすことはできたはずで、現に小手先状況で結局挑んだのだから、なぜそうしなかったのかというのは出資者であるだけでない両親等にはそれこそトップシークレットなわけだけど・・・ここ、ここなんですよ、遅かれ早かれちゃんと"総括"して区切りつけるならつけて、あと1年で何をどうするのか。社会人に、立派なオトナには結局自分はなりえないだろうし(といいつつ、どこかでそうでない可能性にこそかけてるわけだけど)、実際なりえなかった状況に直面するのが恐いとか云々よりも、未だに生き方が定まってないとか、要は例の核がないって話(またそれかいって感じだけど、もうこびりついててだめだわ)にどうしても落ち着いてしまうんでは。ちゃんと勉強して、普通に何事もなく仕事始めれば、客観的にはとりあえず合格点の「社会人」にはなっただろうに、自らその道を絶った事実の重さを、後で知らしめられるのか、はたまたそうでもないのか。要はgdgd。現実逃避とgdgd、思考も何も深まったもんじゃない。まあ、留年が何、休学が何、浪人が何、それでいて芯の通った系、世間のvalues・基準なんて本当に関係ない、どこ吹く風、いつどうなるか分からない自分の自分自身の人生、割り切って好きに生きる系に憧れてきて、1留くらいしたらお近づきになれるのかしらみたいな甘ったれも。

公共の場で、本名名乗って、恥ずかしげもなく低脳ぶりを曝け出す件について、NZの外国語学校の学生とか三越の例の件とか、ネット社会個人情報恐るべしってのが正常な反応なんだろうけど、私の個人情報って叩かれる価値もない(=面白くない)だろうし、何かあって2chとかで騒がれても一瞬で終わるはずっていう諦念というか確信。実に、愛の反対は憎悪じゃなくて無関心。

我ながら近年稀に見るくそ投稿だあ。何も言っていないに等しい、何も生きていないに等しい。それでも喰らい、消化し、排泄し、ものを見て聞いて勝手に盛り下がり盛り上がる。

- 食べ物で胃痛を緩和させようとするとひたすら太り続けるー

- もはや驚かない。某国の友達の話。友人のふりをしていても、友人紹介を拒否することとか、(これは全然違う次元だけど)Christchurchに地震が起きるのは天罰っていうか何かしらの因果があるって自信ありげな某宗教徒とか。 アルジェリアとかインドネシアの地震津波は悲劇であって、不信仰国の天災は(略。 

Friday, February 25, 2011

なんちゃって

八分咲 知りて探せど見つからざりし 寒桜花はすぐそこに (弟作)