海外の文通友達のために英語でも表記することにしたけど、やはり2倍時間がかかるので暇なときだけにしよう。I have decided to use both English and Japanese for my penpals overseas as much as possible only when I have time to do that, since it takes double time:(
『アフガニスタンの仏像はは破壊されたのではない、恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』(モフセン・マフマルバフ、武井みゆき+渡部良子訳、現代企画室、2001)
The Budda Was Not Demolished in Afganistan; It Collaspsed Out of Shame, Mosen Makhmalbaf, 2001
著者はイラン人映画監督で、おそらく"近代的な"大学教育を受けたこともなければ、いわんや政治学、国際関係学をや、だろうから客観的な分析とか学問的深遠さを期待してはいけない。アフガン人に対する視線も、訳者の指摘するように、"われわれ"西洋の枠組みを適用している。しかし、そういう要素を引いても、イラン人である彼がこのように声を上げることの重要性は否定してもし切れるものではない。唯一同じ言語、同じ宗教を共有するイラン人が何もして来なかったのだと猛省を促す言辞の矛先はもちろん、"われわれ"にも向かっているのだが、その姿勢は強く誠実に静かに「感受性」に訴えかけてくる。「恥辱のあまり」という"上手い"コピーが、切々と迫ってくるように。超一級の芸術家、表現者である。
「石仏は崩れ落ちることで瀕死にある国を指さした。だが、誰もそれを見なかった。愚か者は、あなたが月を指させば月ではなくその指を見るのだ」
「タリバンは遠くから見れば危険なイスラーム原理主義だが、近づいて個々を見ればそれはパシュトゥーンの飢えた孤児である」
うまいなぁ。
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