どんな人に出会えるかはその人の実力――2日の朝日でどこかの教授のいいコラムが載っていた。膝を打ちたくなるような感じで良かった。
換言すれば、同じものを見ても聞いても考えることはその人の実力によって決まってしまう。恐ろしいですね、もっと言ってしまえば、どんな人生を送るかもその人の実力。誤解を恐れずに言えば、この文章を読んで憤慨するような人は分かっていない=力のない人ということである。実力というのは出世とか名声とか偏差値の高さとかではないのは言うまでもない。
最近マイブームなのが、トーク番組を見ること。頭のいい人の会話のキャッチボール、コミュニケーションというのは本当に面白い。唐沢寿明は本当に力のある人だと思う。だから、彼の周りには力のある魅力的な人間がうようよと集まってきている。
身の回りの何をつかんで何を感じ考えてどんな行動を次に起こすかは、本当に力のあるなしがはっきりしてしまう。会話を一度投げて返ってくる言葉で、その人の頭の程度も分かってしまう。私は私の頭が空っぽであることを一人でも多くの人に分かられてしまうのが恐くて、いつもひっそりとやり過ごすわけだから、対人関係は広くはないけれど、こんな私にしてみればすごく色々な人に恵まれているのでかなり満足している。あ、このブログの所在をお教えするのも、もう私の頭の程度をご存知の人に対してであります。
賢い人もいれば愚かな人もいる。役に立つ人間もいれば役立たずの人間もいる。生きる価値のある人もいれば生きる価値のない人もいる。(理念上はみなに平等の生きる価値があるのだが、実質上はそうではないよね、という話をしている)そうやって世の中が成り立っているのだから、愚かであることを恥じる必要はないのだけど、いばる必要もないことを付け加えておこう。
誤解されそうだからもう少し付け加えよう。電車も一日数本しかこないようなテレビもあまりよく映らないような田舎で農作業をして近所の人に愛されて大地の恵みとか生きることの尊さとか誠実さとか謙虚さとかをよく知っている80歳のおばあちゃんは本当に実力のある人だと思うよ。
Thursday, September 4, 2008
Subscribe to:
Post Comments (Atom)
No comments:
Post a Comment